そう、それが言いたかった

2010年にpixivではじめての処女作、『who are the hero』を投稿する。who are the heroを完結後は小説家になろうに移動。現在、思春期の少年、少女がゾンビたちが蹂躙する日本で戦う『エデンプロジェクト』と、はてなブログでネット小説書籍化本の批評ブログ、『そう、それがいいたかった』を更新中。

『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』8巻について

さて、今回紹介する作品はこちら、『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』8巻です。


通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?8 (ファンタジア文庫)
著者:井中だちま
イラストレーター:飯田ぽち
レーベル:富士見ファンタジア文庫
発売日: 2019/5/20
出版社: KADOKAWA / 富士見書房
ASIN: B07QQP5KDB

あらすじ
「なんとも言えないような不安を感じるような」大好真々子の不安は、ゲーム世界での急速な子供たちの親離れから始まり、真人たちも予測不可能な事態へと発展する!「自分は、反抗組織リベーレの、四天王の一人になりました!」突如パーティを離脱したポータを説得するため、四天王を操るボスが待つハハーデス城へと向かう真人たち。そして真々子は世界の危機を救うため―和乃、メディママとアイドルユニットを結成!?

シリーズ全体の魅力(1巻から7巻までのネタバレ注意

『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』とは、思春期の息子である大好真人とその母親である大好真々子のW主人公による異世界転生ものです。
 ライトノベルでは主人公とヒロインのW主人公で描かれる作品は珍しくありません。
 しかし、母親と息子を主人公にするのは珍しいです。
 そして、その二人の主人公がまんべんなく活躍している。
 親子を題材にした作品と言えば有名なのがドラゴンボールの悟空と悟飯。
 ヤンチャな父親のもとで生まれた真面目な優等生の子供。しかし、ナメック星編で明らかになった父親の血筋の因縁に息子である悟飯も巻き込まれ、戦いのさなかで大きく成長します。
 そしてセルゲーム編で主人公交代となるはずが、結局はブウ編で完全に主人公の座を悟空に戻さざるおえなくなった。
 エヴァンゲリオンでも、ゲンドウとシンジという父親と息子の冷たい対立が描かれていましたし、じつは母親とのゆがんだ関係を描いていますね。
 子供と親の関係というのは古今東西の作品でどちら側かの視点に立って描いていたんですが、この作品の珍しいのは親子の両方をクローズアップさせたうえで、親子の関係性というテーマもちゃんとコミカルに描いている点です。
 1巻では主人公の真人と母親の真々子の日常がまず描かれる。思春期に入った息子と、そんな息子に、どう接したらいいのかわからない母。そこから、シラーセという突然現れた存在により、主人公の真人と真々子は異世界へ。
 その後、シラーセから世界観の説明。二人が連れてこられた世界は国が開発した親と子の関係改善のためにつくられたMMORPG。
 そこでは真人と真々子だけでなく、様々な母子がMMORPGに連れてこられていた。
 二人はこの世界からの脱出を目指して、仮想の異世界を旅します。しかし、ここで面白いのが、この世界では息子よりも母親のほうがチートスキルを持っているんですよ。
 母親である大好真々子は、通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃なんです。
 つまり、戦闘の1ターンで息子の真人の倒す敵がいないんですよ。
 1巻の序盤で息子の真人は異世界で行って戦いたいと願う。なんで異世界に行きたいんですか、といえばさ。この辺の気持ちってのがあるんですよね。
 今ってさ、対立のない時代なんですよ。確かに、いまだに戦争もあるし、貧困もあるんだけどさ。科学文明が進み、理不尽が可視化されていくうちに、僕らの敵ってどこにいるんですかって気持ちはあると思うんですよ。
 ネットでの制裁が過激化されているんだけどさ。それも逆に理不尽が可視化されて誰のせいにもできない、自業自得とか自己責任って言葉が流行っているのも、理由が明らかになって、敵がいなくなっていくからです。だからこそ、異世界に倒すべき敵を求めている。しかし、そこに大人を持ち込みましょうってのがこのはなしなんですよ。
 そして、この世界では強い力を持った大人が異世界で暴走している。
 1巻から2巻は、その巻のメインヒロイン、ワイズとメディの母親、和乃とメディママ。彼女たちは異世界で得た強い力で自身の抱えていた欲望を実現させます。
 真々子はその母親たちと対立しながら、母としてどう生きるべきかを考えていき、息子である真人は、母親との摩擦による子供たちの心の闇を解きほぐすメンターの役割をするようになります。
 3巻、ここで反抗組織リベーレという1、2巻のときにもちょこちょこ出ていたキャラが3巻での中心人物となる。
 その組織が指摘するのが、僕がさっき言ったような強すぎる親の問題。組織の四天王の一人、アマンテはチート能力を持った真々子のせいで異世界でやりたかった冒険ができないのではないかという話をします。
 その問いに対して答えを出すことで、1巻からのテーマに一区切りつきました。
 そこから、4巻では明確な敵組織として表れた反抗組織リベーレとの対立の表面化と、二人目の四天王、ソレラの作戦により、真々子のチートに弱点が露見することで、能力の調整がはいります。
 そして、5巻からは天下一母道会が行われる。この世界の母親と母親としてのスキルを競い合う大会。真々子は5巻ではじめて大会の景品となったあるものを欲しがり、そのために大会に出ます。
 真人を優先して生きていた真々子がここではじめて自分の望みのために頑張ることで、彼女の成長を描く。この巻では、真々子は反抗組織リベーレからの妨害により、様々な姿になる。そして、自身をコピーした同一の存在と出会う。
 これによって強調されるのが属性の変化や、鏡合わせの人間と相対したうえで彼女自身は何者なのか、という話なんですね。
 そして、6巻ではオムニバス的なストーリーにより、MMORPGとして主人公たちが守らなければいけない世界の協調、7巻で主人公の成長が描かれる。
 このうえで、8巻に続きます。 

子供の親離れ、自立

8巻の導入は不安の煽り方が上手いです。
大好真々子の息子である真人が、母親の力を借りずにモンスターたちと戦う場面から始まる。そこはコミカルに描かれているが、じつは今回の騒動を予兆させるものでした。
ギルドで新たなクエストを探していると、子供たちによる不自然な親離れが起きていることを知る真人たち。さらに、反抗組織リベーレの親玉が指名手配されていることも知り。彼らはどちらかを選ばなければいけないという選択の瞬間がある。これにより、片方を優先したときに本当にこれでよかったのか、という不安が読者の心に残ります。
彼らは母親と子供の問題を解決しに行く。すると子供たちが胸につけているバッジが原因であることがわかりさっそく外すように呼びかける。これで表面上は解決したようにみえますが、あくまでセリフ劇で終始しており、普段の真々子さんによる絵映えのする解決をしてないため。真々子さんらしくないなってさ、おもうので、これもまたこの先の不安を煽っている。
その上で、次の日にポーターがいなくなり、彼女は四天王となる。
8巻の導入は、明るいんだけどどこか不安みたいな状態から始まり、その不安がポーターの失踪で具現化された、ように読者は考える。
しかし、そこがミスリードで、彼女を助けようと動いていくうちに主人公たちが大きな流れに巻き込まれていることに読者は気づくんです。
ここの流れが、今回すごい上手いんですよ。

息子、母はどうするのか

今回、本作の親と子によるW主人公という特徴が活かされた展開でした。
子供が親から自立する瞬間を本作では描き、ではその上で母親はどうするべきか、というアンサーにも答えている。
真々子が母親としての決断をした瞬間、そこから前半の不安がは一気に吹き飛び、シリーズ全体の魅力である母親無双がはじまる。
今回素晴らしいのは、今までこの世界で一度は敵として真々子の前に立ちはだかった、和乃、メディママが味方として協力するところです。
後半では、二人の母親としての成長も描いている。そこから、もう一人の主人公である息子の真人に合流するまでの流れも熱い。
ポーターと、その母を救いたいと願う真人、彼が思春期の子供の母親に対する気持ちの汲み取る能力は高く、今まで様々なキャラクターのメンターとなってきた。
今回もその強みを発揮した。その上で、彼自身が苦境に立たされた時に母の真々子に頼ることもできるようになった点は彼の成長した部分だろう。

9巻への期待

さて、9巻からは反抗組織、リベーレとの最終決戦。もうすぐ終盤に近づいているって気がしますね。
今まで、リベーレに所属する四天王の3人はコミカルな悪役として描かれてきましたが、その実、彼女たちの本音、どんな人生を送り、どのような考えで母親と子供の絆を邪魔するのかが描かれていなかった。
一応、表向きの理由として彼女たちには母親がいないという環境的要因は強調されていました。
それがラストでは解決するのではないかと思われる場面もあったのですが。そうであってもって感じなんですよね。
それが9巻から描かれるのかは今から楽しみです。

それでは、次巻も追って報告いたします。