さて、第15回目ネット小説レビュー。今回紹介する作品はこちら、異世界居酒屋「のぶ」。
あらすじ
古都アイテーリアの裏路地に、一風変わった店があるという。
若い衛兵ハンスは同僚のニコラウスに連れられてその店──居酒屋「のぶ」を訪れる。
木の引き戸を開けた先にいるのはノブ・タイショーと呼ばれる主人と、給仕のシノブという女性。
こぢんまりとした店内は、不思議な異国の情緒を漂わせており、見たことも聞いたこともない料理を出してくる。
そして、キンキンに冷えたエール──「トリアエズナマ」がとんでもなくうまい!
噂は広が り、次々に客が訪れるようになるが、中には込み入った事情を持つ者もいて……。
これは、異世界に繋がった居酒屋「のぶ」で巻き起こる、小さな物語。
最近、異世界プラスグルメって作品は結構あるんですけど。まずはここからはじまった。だからこそ、他を紹介する前にこれを紹介すべきですよね。
二人の衛兵が最近流行ってる店があるらしいって言って、居酒屋のぶを訪れるとこからはじまるんですけど。この時点ですごいんですよね。異世界転生、あるいは転移って、転移した側の視点で物語を始める場合が多いんですけど。この作品は、異世界の人の視点で現実の世界に料理を語ってる。しかもその語り口もうまいんですよ。
たとえばこれ。
(引用「牛すじ煮込み」)
「煮込んでいるのは、牛の腱と……なんですか?」
「こんにゃくです」
「コンニャク……?」
また聞いたことのない名前が出てきた。
帝国と東王国、それに北方三領邦の料理にはかなり精通しているという自信があったが、そのどれにも思い当たる食材がない。
柔らかそうな見た目は何かの内臓という風にも思える。
内臓は鮮度を維持することが難しいのであまり流通しないから、その地方地方で独自の呼び方が定着していることが多い。見知った部位でも、思わぬ名前で呼ばれていれば、分からないこともある。
牛の腱や内臓を使う、これも貧窮から生まれた料理なのだろうか。
ぼくらが何気なく、食べているこんにゃく。それをぼくらの料理を知らない。中世の文化に似た異世界の住民の視点だとこうなんだよってのがうまく書かれているんですよね。
この作品では居酒屋だからビールのことを異世界の住民のみんなはトリアエズナマって名前で認識してて。最初はこんなエール飲んだことないって言ってたんですけど。あとあと、じつはこれは流通を禁止されたラガーなんじゃないかって話になってですね。ぼくこれ読んではじめてビールにはエールとラガーがあるってこと知りました。
こんな感じでですね。この作品って。食だったり、いろんな国の風土だったり、文化だったりに対する作者の知識量が半端ないんですよね。
だから、僕らの世界にもありそうな居酒屋に異世界の人がやってきたってのがリアルに感じる。
じつはさ、この作品。帯で孤独のグルメの作者さんがグルメにこんな表現があるとはって言ってたんですけどね。たしかにこの発想は凄いと思うんですよ。孤独のグルメは吾郎ってキャラがネットでネタ扱いされているから誤解されがちなんですけど。あの作品の魅力は男が一人で飯屋に入ったときの心情の変化だったり、しぐさのひとつひとつがなんかわかるっていう。リアルな感じが魅力なんですよ。で、のぶは異世界人でこのありそう感を出している。そこがすごいんですよね。
これによってどうなるかっていうと。僕らがふだん食べている料理に付加価値がつくんですよね。何気なく、食べている料理がいつもよりおいしく感じるんですよ。
ほら、テレビである料理屋さんが特集されたとして。次の日にそこに行ったら絶対混んでんじゃないですか。あれって、味がおいしい。店の雰囲気ってのもあるんですけどね。テレビで紹介された○○を食べているっていう付加価値も料理の満足感に入っているんですよね。
そういう付加価値が普段家でも食べれるナポリタンやおでんにも付加される。そこが魅力なんですよね。
普段見ているものが何かべつのファクターを通すことで特別なものに変わる。そういうの異化って呼ぶらしいですよ。
こういう身近なものを別の世界観の人の視点で異化させる作品といえば、テルマエロマエがありますよね。
テルマエロマエ、ローマのお風呂技師が日本の現代の銭湯にタイムスリップし、日本の銭湯事情。ひいては日本の文化全体を古代のローマ人が褒める漫画です。
このテルマエロマエの異化と孤独のグルメのありそう感の両方がこの作品にはある。だから面白いんですよ。
もしネット小説を食わず嫌いしている人がいるならばこの作品だけは読んでほしいですね。食べるという行為はだれもが共感できるし、普段の日常や文化をべつの世界の人に褒められるってのは気分がいいですよ。これを読んだ後と前とで生きるのの楽しさが大なり小なり変わる。万人受けする作品なんですよ。
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