そう、それが言いたかった

2010年にpixivではじめての処女作、『who are the hero』を投稿する。who are the heroを完結後は小説家になろうに移動。現在、思春期の少年、少女がゾンビたちが蹂躙する日本で戦う『エデンプロジェクト』と、はてなブログでネット小説書籍化本の批評ブログ、『そう、それがいいたかった』を更新中。

『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。』4巻について

 さて、今回紹介する作品はこちら、『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。』の4巻です。

 今シリーズは4巻で最終巻。感情移入ができてカッコいいと思える主人公。魅力的なヒロインたち。学園ものとしてラブコメだけでなく一人一人のキャラクターを大事にした青春劇はとても引き込まれました。作者の次のシリーズが楽しみですね。

 今回は1巻から3巻までのシリーズ全体の魅力を解説した上で、4巻の感想に移っていきます。


あらすじ
おひとり様スキルをフル活用で文化祭実行委員をそつなくこなす俺の最近の悩み。キャンプでの告白から羽鳥とはギクシャク気味、さらに――「私、姫宮君に勝ってみたい!」美咲よ、文化祭で勝負なんてお断りなんだが。

『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ』とは

主人公はお一人様

『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ』とは、一人でいることを愛する姫宮春一を主人公にした作品です。
 一巻の序盤からして面白い。
 4月、朝の通学時、春一は一人の女性に呼び止められる。彼女は2月の初旬、高校の入学試験の時に彼に助けられた。
 困っている自分を助けてくれた彼に運命を感じた彼女は告白する。
 ここまではよくあるライトノベルの導入。ふつうだったら、このヒロインがだれで、主人公とヒロインの間にあった事件がどのようなもので、なぜ主人公を好きになったのかを主軸にして物語が展開されることが予想される。
 しかし、これが主人公のある一言によってひっくり返ってしまう。

 新たなスタートを切るには、どんなことでさえ運命だと思えてしまう暖かい季節。
 高鳴る心臓に負けじと、精一杯の声で俺は彼女に応える。
「放課後は独りで過ごしたいので、ごめんなさいっ」
「……。へ?」
 顔を上げた少女がポカンと俺を見つめ、すれ違うリーマンも俺を三度見。愛想笑う俺氏。

—『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。 (富士見ファンタジア文庫)』凪木 エコ著


 放課後は一人で過ごしたい、と言った主人公は少女を置いて、文房具を買いにコンビニへと入っていく。
 主人公がなにかしらの概念を否定して、新たな目的のために歩き出す。映画でもよくあります。

 たとえば、『キューティーブロンド』。主人公は弁護士の彼に釣り合うために、有名大学に進学して弁護士を目指す。すると、振ったはずの彼がラストでヒロインに求婚するのだが、弁護士として活躍するうちに成長した彼女は彼との求婚を蹴り、弁護士として外へと歩き出す。

 恋よりも大事なもの。彼、あるいは彼女よりも大事ななにかを目指して、相手の会話を遮り目的地へと向かう。そういうAからBへと踏み出す場面は物語の中盤や終盤でよくやる手です。これにより、主人公の価値観の変化や精神的な成長が描ける。しかし、本作ではそれを序盤に置いている。

 そしてヒロインとの青春を否定した主人公が文房具を買いにコンビニに行くだけで、ヒロインよりも主人公のことを知りたくなるように数ページで誘導されている。上手い導入です。
 しかも、このヒロイン。一巻では名前が明らかになってないんです。彼女にスポットがあたるのは3巻からです。 
 1巻の序盤だとメインヒロインを出して、ボーイミーツを煽りたいとこなんだけど、この作品はそこを外して、ボーイの生き方自体にフォーカスしています。

 ここで彼のキャラクター性をたてて、その後のことの発端から、まったく違うヒロインと衝突させていくことで面白い化学反応が生まれていく。

 放課後に一人で過ごしたい。
 これが主人公の目的であることを強調した上で、それが果たされない障害が用意されます。
 その障害を用意するのが彼の担任、天海水面(あまみ みなも)です。
 彼女は部活に所属していないはずの主人公が部室棟に入っていくのを見たことで、彼を追い、彼が空き教室を無断に使っていることを知る。
 放課後を一人で過ごしたいと考える彼は、そのために誰も使っていない空き教室を利用していた。
 しかし、それを教師である彼女に気づかれてしまう。
 彼女は、今後も空き教室を使う条件として、クラスの親睦会の幹事をやることを主人公に任命する。

 このイベントの発端は、読書中の主人公が、コーヒーを飲もうとした瞬間に、教室のドアが開き、担任である天海がはいってきたことではじまる。

「読んでいる小説が山場を迎える直前、本を一旦机に置く。これからの展開に胸を弾ませつつ、まだ慌てるような時間じゃないと、いつの間にか渇いていた喉を潤すべく缶コーヒーに口を付ける。
 飲もうとしたタイミング。空き教室の扉が開いた。
「うぉっ!?」
 不測の事態に変な声を出してしまう。完全に油断していた。鍵が壊れて施錠できない教室だろうが、こんな辺境な場所になど誰も来ないと高を括っていたから。」

—『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。 (富士見ファンタジア文庫)』凪木 エコ著

 1巻では意識的にキャラクターがコーヒーを飲む場面が描かれている。この巻でのコーヒーは、姫宮春一にとっての”日常”、”思想”として考えられる。
 つまり、そのコーヒーを飲もうとして中断されたことにより、彼の思想、日常を揺るがす存在が現れたことを示唆する。

 しかし、それでも彼は話の途中でコーヒーを飲むのだ。

 涙を拭い、目測で見上げようとしていた視線を面舵一杯、上から下気味へと変更。予想通り小柄な人物が扉前に。胸を撫でおろしつつ、再度、缶コーヒーを一口。「何だ……、天海先生か。驚いて損した……」「損じゃないですよ!?  というより何で今飲むんですか!?」

—『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。 (富士見ファンタジア文庫)』凪木 エコ著

 つまり、それでも彼はおひとり様であることをこの時点で読者である我々に約束してくれる。それは荒波にもまれても変わらない一本の大木のようである。ちなみに、ここで主人公の事件を持ち込む担任の名前も示唆に飛んでいる。
 彼女の名は天海 水面(あまみ みなも)。海の水面を天から見下ろすとも読める。まさしく教師の役割だろう。しかもいつも出席簿とともに風呂桶を持ち歩いている。つまり、社会の海のなかに沈むのでなく浮くもの、流されるものであるように導くのが彼女の役目なのだ。

 さて、そんな彼が天海によって変わるのか。それはイエスでもありノーでもある。彼は自分の一部を他者と共有することを選ぶとともに、周囲も彼に感化されることとなる。

出会いと対立

 一巻はいわば出会いの物語である。
 親睦会の幹事を任された主人公は一人の女性と出会う。彼女の名前は美咲華凛、クラスの中心人物。
 天海先生の提案により、親睦会の幹事に立候補する姫宮。しかし、そこで思わぬ事態が、クラスの人気者である美咲華凛も親睦会の幹事に立候補する。これにより、二人で一つの問題に取り組むことになる。
 この後の展開が面白い。
 いつもの放課後、とつぜん振る小雨。これからの不安を象徴する場面で傘を差し、学校を出ようとする姫宮に入れてと言って、彼と相合い傘をする。
 ここの相合い傘は、彼女がこれから彼のパーソナルスペースに侵入する。彼の隣に立つために彼と対立していくことを示唆します。

対立と共感

 一人でいたいと考える男の前に真逆の女性が現れ、彼女と対立する。これにより、主人公である彼が一人でいることをライフスタイルや思想の一つとして肯定していることがわかる。
 しかし、その上でもう一人のヒロインを出すことでさらに別の問いが立てられる。
 そのヒロインの名前が羽鳥英玲奈。
 彼女は主人公と同じ趣味を持っていて、共通の価値観を持っている。
 それを強調するように彼と彼女は同じスマホで同じ配信を見ている。つまり、同じものを見るもの。価値観が似通ったものであるということだ。

対立からの調和、ここで彼女はコーヒーを飲み、彼もラストにコーヒーを飲んだ

 AとBが対立し、Cという代案が出る。しかし、それでもAはAの考えを貫くからこそ、その考えは対立する前よりも際立つ。
 いい物語は問いに問を重ねていく過程を景色なり道具なりにドラマティックに見せることで成り立っていく。

 そして、対立してきた二人が和解する瞬間が訪れる。その象徴となるのが、コーヒーだ。

 先ほど書いたように、この作品はやたらと主人公がコーヒーを飲む。一巻は特に多い。あとがきで作者もコーヒーを飲んでいる。
 一巻において、コーヒーは主人公の考え、生き方を象徴したものとなっている。
 だからこそ、美咲華凛は"みんなと仲良くしたい"という考えで壁に突き当たり、迷いが生じた彼女は、主人公に相談した上でコーヒーを飲んでいる。
 そして、1巻のヤマ場である決断を下すのだ。

 ある決断を下した彼女に、周囲はある種の反発を起こす。すると、主人公もここで彼自身の考えである"おひとり様"の考えを曲げる決断を下した。

 これにより、主人公の考えは一巻の序盤とは違うものとなる。二人のヒロインも決断を下した主人公に対し、今後の恋愛感情につながる心理的な変化を見せる。
 それも知らず、いつものように一人になろうとする主人公。やってくる二人。これから継続するであろう関係性を見せながら、"ヤレヤレ"と思う主人公が飲んだコーヒーはいつもより苦い。つまり、主人公と関わってヒロインが変わったように。ヒロインと関わって主人公も変わりつつあるのだ。

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。 (ファンタジア文庫)

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。 (ファンタジア文庫)

  • 作者:凪木 エコ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/08/18
  • メディア: 文庫

生き方の衝突と和解

 一巻が終わり、二巻。
 この巻でキャラクターたちは将来について考えることになる。
 一巻での二人のヒロインとの交流を経て、主人公にも変化が見える。一巻ではコーヒーを飲んでいた主人公は二巻からラジオを聴くようになる。そして、夏休みにむけてアルバイトをすることに。
 やるアルバイトは喫茶店のスタッフ。
 つまり、コーヒー飲む側から与える側にまわる。自分の価値観を他者と共有するようになったという心境の変化を表している。
 これが2巻と3巻の展開のキーとなる。

 2巻では課外活動の希望調査票をきっかけに主人公たちは将来の夢や目標について考える。そして、1巻で主人公と敵対関係となった遠藤比奈のグループの一人、洞ヶ瀬夢乃が名前の通り、将来についての目標をもっていた。
 偶然、主人公がそれを知ったため、夢乃がグループのことを考えて、そのことを言い出せずにいることに気づく。
 彼女の悩みは1巻の羽鳥英玲奈と美咲華凛の悩みの両方の側面を持っている。そのため、彼女は主人公との交流をきっかけに、ある決断と告白の両方を行うが、それだけでは解決しない。
 
 だからこそ、主人公は問題の解決のため、1巻で行なった提案と共有を超えたアクションが必要となる。これにより、遠藤比奈と洞ヶ瀬夢乃との間の問題に能動的な形で解決したことになり、3巻に続く。

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。2 (富士見ファンタジア文庫)

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。2 (富士見ファンタジア文庫)

  • 作者:凪木 エコ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/12/20
  • メディア: Kindle版

ここでラブコメが帰ってくる

 そして、2巻のラスト。2巻で提示された課外授業をどこにするかのそれぞれの答えを出した登場人物たち。しかし、その答えは複数の仕事を体験できるアミューズメント施設。つまり、彼らは選択の途中であるということだ。
 そんななかで、主人公に保留にできない決断が迫られる。
 1巻の序盤で告白して振られた少女が彼の前に姿を現すのだ。彼女の名前は白星有栖。
 つまり、主人公が否定したラブコメが帰ってくる。ここから彼は恋愛に向き合わなければならなくなる。

おひとり様は海で浮く

 2巻の時間軸は夏休み。主人公は、アルバイトをはじめたことで決まった時間に固定の場所にいることになる。そこにあししげもなく通う少女が白星有栖だ。
 彼女の扱いに悩む主人公。ヒロインたちも白星と交流していくことで、純粋な部分に危うさを感じる。
 そこに、偶然一緒になった遠藤比奈のグループのキャンプに誘われる。
 主人公グループは、集団行動を通して白星有栖に主人公の人となりを知ってもらうため。遠藤比奈グループは意中の波川とくっつくためだ。
 しかし、彼女の気持ちは波川に伝わらず空回り、ついには大きなすれ違いに発展する。面白いのがそのすれ違いに発展した場所が海辺であるということだ。
 海といえば、1巻の担任の名前、天海水面。クラスの担任の名前を海に関連づけることで、3巻がクラスや社会の隠喩であると考えられる。しかも、2巻で序盤から中盤の事件のつなぎとして、主人公は主人公の妹とヒロインの羽島英玲奈と美咲華凛と一緒にプールに来ている。
 そして、ヒロインたちが妹と遊んでいる間、主人公は流れるプールに一人で浮かんでいる。周囲の目、つまりは空気を気にせずにだ。
 この一人である以上、他者からの目があるわけだが、主人公はそれを気にせずソロ充でいられること、が2巻での問題解決のきっかけとなった。
 遠藤比奈は、作中のクラスのカースト上位の女性だ。彼女は場の空気を操って、周囲に忖度させている。だからこそ、同じカーストに位置する波川にはそれが効かない。
 そこに3巻の不和に繋がっている。
 洞ヶ瀬にしろ、遠藤しろ、彼女たちが主人公と関わって得ている知見が空気を気にするのでなく、素直な自分で相手と接する、ということだ。
 月並みのことだが、体裁を気にする狭いコミュニティがひしめき合う教室ではそれが難しい。しかし、そのなかで浮いて流されることができる主人公にはそれができるのだ。
 そんな彼は、だからこそ人と繋がろうとしないのだが、ここで彼は比奈の悩みを解決するためにスマホを使う。

 これにより、4巻から主人公は他者との関わりが増えていく。

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。3 (ファンタジア文庫)

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。3 (ファンタジア文庫)

  • 作者:凪木 エコ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/03/20
  • メディア: 文庫

4巻について

この巻で最終回

 そんな『お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。』なんですが、じつは4巻で最終巻となります。
 まさか、この巻で終わると思ってなかったので驚きました。登場人物、一人一人のキャラクター性がみえてきて、その上で3巻のラストで彼らの関係性を揺るがす事態が起きましたから。
 他にも白星有栖ちゃんが出てきたことによる影響も気になりましたからね。
 では、ここから4巻の感想に移ります。

英玲奈の告白の決着

 4巻で一番気になるのがここですよね。3巻の時点でもっとも主人公と価値観が似ている少女。彼女が主人公に好意を持っているのは2巻の序盤の時点からわかりきっていたけど、それが3巻のラストで主人公にもわかる状態で出た。
 そもそも彼女は、2巻のラストでも、夏休みの間に主人公と出かける用事を積極的につくろうとしており、じつは恋の萌芽はめばえていた。実際、彼女としてはちょっとずつ、彼の生き方に沿った形で関係性を発展させたいと考えていたけど、白星有栖の登場でそれが加速しちゃったんですね。
 だからこその、彼女の側からの提案は納得のいくものでした。

華凛との勝負

 そして、文化祭の実行員となった主人公は華凛と勝負することになります。
 1巻で主人公と協力して懇親会を企画した彼女ですが、今回は主人公と競うことに。
 彼女は一巻でコーヒーを飲んでやはり苦いと言ってました。これが彼女と主人公の言語化されない和解であると同時に、彼女にとっては敗北だった。だからこそ、そのリベンジとして文化祭をどちらが盛り上げられるかを競うことに。
 このへんも面白かったですね。
 ここである問題が起きて、そのあとで主人公が彼女と話し合う構図がちょうど一巻と同じだったのもいい。

 ちなみに、カクヨムで後日談が投稿されていて。そこに美咲華凛の行動の真意が描かれているのでオススメです。


 4巻はこんな感じですね。1巻から4巻まで、楽しく読ませていただきました。凪木エコ先生の次回作も出しだい追って報告いたします。

●4巻はこちらのリンクで

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。4 (富士見ファンタジア文庫)

お前ら、おひとり様の俺のこと好きすぎだろ。4 (富士見ファンタジア文庫)

  • 作者:凪木 エコ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/20
  • メディア: Kindle版

●凪木エコ先生の他の作品

俺の青春を生け贄に、彼女の前髪をオープン (ファンタジア文庫)

俺の青春を生け贄に、彼女の前髪をオープン (ファンタジア文庫)

  • 作者:凪木 エコ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/01/20
  • メディア: 文庫