はじめに
さて、今回紹介する作品はこちら、『異世界取材記~ライトノベルができるまで~』。
あらすじ
中堅ラノベ作家の俺は、編集からのオーダーである「無双とハーレム」を体験するため、KADOKAWAが用意したルートを使って異世界へ取材にやってきた。ガイドの獣人アミューさん、そして、「魔法理論」を勉強するため、わざわざ異世界転移してきたらしいラノベ作家志望のJKと、いざ取材旅行へ出発!だが、孤高無双の勇者は中二病こじらせた二刀流の少年だし、ハーレム三昧の魔王の正体は後輩の売れっ子ラノベ作家!?この取材、どう転ぶかわから…(編集)先生、宣伝足りねーよ!!こうだろ→しがないラノベ作家が取材がてら異世界を救う!?創作と現実が交錯するサクセスファンタジー開幕だ!!
面白いですよ。ハチャメチャな内容でありながら、芯の通ったストーリー。文章も読みやすいし、読み応えがある。読者のツッコミを想定した、勢いのある言いきりのギャグ。
腹を抱えて笑って、なのに感動して、最後には、うぉぉぉ! 俺もライトノベルを書きてぇぇ! って、思いましたね。
異世界取材記の魅力は三つあります。僕らの知識とリンクさせる描写、フィクション化された編集者、ラノベ作家ならかくあるべし、という熱いメッセージ。
それらを開設したうえで、山本寛さんがブログで語った一次資料の話を例に出して、異世界取材記の魅力について語ります。
僕らの知識とリンクさせる描写
じつは田口千年堂さんの作品ははじめて読んだんですが、文章力に驚きました。この人は僕らの知っている知識にリンクさせた文章を書くのが上手いですね。たとえば、次の文章。
例1
(書籍からの引用)
――
宿屋の二階から見える景色は、現実の外国とあまり変わりはない。
ガラス窓の外には、二階建ての瓦葺の民家が多く見受けられる。その民家のはるか向こうに、石造りの城がある。
このくらいの町並みなら、〝世界ふしぎ発見〟でも観られる。前に取材した事がある異能系の世界のほうがディストピア感が強かった。
――
異世界転移ものだからこそできる描写です。既存のメディアを出すことで、読者の頭の中のイメージを借りて世界観を共有させることができるんですね。これは異世界転移を書く上での基本中の基本です。例1のように、異世界の風景を僕らの知っている身近なものでわかりやすく伝えられるから、ネット小説では異世界転生、あるいは転移がいまだに流行っています。
例1は序の口で。俺がスゴイなと思ったのが次の文章なんですよ。
例2
(書籍からの引用)
――
遠くから見ていると、布にハサミを入れているようだ。真黒に染まったモンスターの軍勢が、勇者というハサミによって断ち切られていく。黒い領域が波を引くように分断されているのだ。
――
短い文章の中で、映像的にもきれいだし、だれが読んでもわかりやすいですよね。異世界取材記では、僕らがイメージしやすい身近なものでの比喩、例えのチョイスが上手いなって思わせるのがたくさんあります。だから、読みやすい。
フィクション化されたラノベ業界
異世界取材記は序盤の流れも秀逸なんですよ。
書き出しは次の通りです。
(書籍からの引用)
――
二○XX年、某月某日。
都内某所の喫茶店にて。
「なんか、今ネット小説が流行っているみてーだな」
パンチパーマにサングラスという大人が見ても泣き出すルックスの編集者が呟いた。
生まれつきの顔は仕方ないにしても、その紫色のシャツとか縦縞のスラックスとか、どこで売っているんだよ。
KADKAWAの編集者なんて、彼以外もこんな感じだ。今時、本物のヤクザでもしない恰好の連中がうろついている編集部は常に危険な香りがする。
――
読んでわかる通り、あきらかに誇張された編集。漫画でもよくある編集=ヤクザの取り立てというフィクションです。スゴイのは、7P目に挿絵が入るんですけど。それが「パンチパーマにサングラスという大人が見ても泣き出すルックスの編集者」が喫茶店でタバコをふかしている場面。
カラーページの挿絵を除けば、出だしの、最初に読者が見る挿絵がヤクザの編集者なんですよ。主人公のカッコいいシーンやヒロインのかわいいシーンでなく。どうみてもヤクザの編集者の絵なんです。
つまり、作者の千年堂さんが最初に伝えたいのがこの作品の世界観。異世界取材記はフィクション化されたライトノベル業界の話であるってことなんですね。
最初にヤクザな編集者というでっかいフィクションをぶつけたうえで、こっからエンジン全開のギャグが始まるんですよ。
この作品の面白さは、そんなわけねぇだろっていう大ボラを吹きながらも、さも本当のことのように書いている言いきりのギャグがいいんですよね。
例えば次の文章。
(書籍からの引用)
――
ライトノベル作家たるもの、銃くらい撃てなければやっていけない。
これは必要最低限のスキルだ。銃も撃てないのに、銃の描写などできないからだ。
こういった、そんなわきゃねぇだろってツッコミたくなるギャグが次々と出るんですよ。だからさ、初見で見ると、圧倒されてさ。慣れてくると、笑えてくる。小説書いている人ほど笑えるネタが多いんだよ。このへんが小説を書く人がメインの読者になるカクヨムむけなんだよね。
で、ギャグでありながらも、読んでるとどんどん引き込まれて、感動しちゃう自分もいる。それはさ、ライトノベル作家ならできるだろって無茶ぶりがさ。ライトノベル作家はかくあるべし。ファンタジーを書くならこのくらいの意気込みでやれっていうさ。メッセージにみえてくるんです。
つまり、1次資料の大事さを説いているんですね。
例えばさ、涼宮ハルヒの監督で有名な山本寛さんもさ。『この世界の片隅に』の感想をブログに書いたとき。次のようなことを書いているんですよ。
(山本寛オフィシャルブログからの引用)
――
今のネット社会、SNS社会は、とにかく一次資料を見ない。
裏を取らず、まとめサイトのタイトルだけで決めつける。
それも根拠のない、感情と気分によってだ。
雰囲気と印象、嘘や噂で決めつけるのではなく、必ず一次資料にあたれ、そこからリアリティは、真実は見えてくるのだ。
――
アニメ業界や最近の若者のはなしなわけなんですけど。この話、僕らの書くなろうネット小説にもつながるんですね。
僕らがはじめて異世界を舞台にした作品を書くとき。ゲームや漫画で得たイメージだけでつい書いちゃう。最初はそれでよくても、いつかプロになりたいと考えたら、それだけではダメなんですね。異世界を舞台にしたとしても、その世界での文化、歴史的背景。それらをいろんな資料にあたったうえで構築しなければ、本当に面白い異世界転生は書けないんです。
異世界取材記はさ、そんなんできるかー! ってつい笑いながらつっこむライトノベルでありながらも、それをやるんだって、僕らに思わせてくれる熱さがあるんです。
(書籍からの引用)
――
「……なるほどな、取材ってわけか」
それなら仕方がない。
書物やネットでいくらでも資料が手に入るこの時代。
だけどそれだけじゃ足りないんだ。
リアリティのある作品を書くために、自分の目で一度見たいと思うよな。
――
異世界取材記は、タイトルどおり異世界の取材の話で、ファンタジーを書く上での意気込み、空想だからと舐めてかかるな。本気でリアリティを追及しろって作品です。それをいろんな場面で立て続けに強調してさ。異世界を取材する主人公カッケェェな。JKの書きたいって気持ちわかるな。いいな、俺も小説を今すぐ書きてぇなって思っちゃうときにさ。ラストの怒涛の展開につながるんです。
これについてはじっさいに読んでみてください。カクヨムでも読めますし、挿絵の入った書籍版もオススメです。
小説を書いたことがある人もない人にもおすすめの一冊です。