そう、それが言いたかった

2010年にpixivではじめての処女作、『who are the hero』を投稿する。who are the heroを完結後は小説家になろうに移動。現在、思春期の少年、少女がゾンビたちが蹂躙する日本で戦う『エデンプロジェクト』と、はてなブログでネット小説書籍化本の批評ブログ、『そう、それがいいたかった』を更新中。

僕の妹はバケモノですについて

近所の本屋さんにもネット小説のコーナーが増えてきました。たくさんの作品が書店に並び消えていく。そんな大量の本の中から、ぜひとも読んでほしい一冊。ここで紹介します。

 

聞いてください、カクヨム第一回ホラー大賞受賞 鹿角フェフ著 『僕の妹はバケモノです』。

 

さて、気まぐれに書店に出向き、マグレでみつけた紹介すべき本を紹介するこのコーナー。第一回は『僕の妹はバケモノです』。

 

あらすじ(カクヨム引用)

ある朝、彼は誰かに起こされる感覚を覚えた。だが彼は気づいてしまう。微睡みの中、嬉しそうに微笑むのは死んだはずの妹だということを――。その日を境に、暁人の日常は信じがたい恐怖に塗り替えられていく……。

 

死んだ妹が蘇る。これだけ聞くといろいろ思いつくじゃないですか。死んだ妹が蘇ったとして、そいつは本当に妹なのか。その妹が蘇るのになにが代償があるのか。妹と同じ蘇りが別のとこでも起きているのか。

 

最初読んでて。こうなんじゃねぇかなって予想をけっこう裏切って。最後まで読んだ時、こう来たか、上手いなって思いましたよ。

 

この作品ですね。途中、異形が出てきてそれによる恐怖ってのもあるんですが、それが主題じゃないんですよね。あくまでそれは主題を引き立てるための添え物なんですよ。

 

この作品の主題は、そういう醜いバケモノじみた裏側や経緯を経た上でそれでも日常を継続することを選択しちゃう主人公に共感しちゃうのが怖いんですよ。

 

恐怖っていろいろあるんですけど、僕の妹はバケモノです、で感じる恐怖っていわゆる一人の人間が恐怖に染まるのをみて俺もこうなるんじゃないかって考えてしまう。そんな類の恐怖があるんですよ。

 

みなさんはアンフレンデッドって映画観ましたか。すっごい怖いんですよね。

五人の男女がスカイプしてると、謎の6人目が会話に参加する。じつは彼女は自殺した彼らと同じ大学の同級生でって話で。こっから先はネタバレなんで言わないんですけど。あれさ、ずっとスカイプをやるパソコンの画面を映し続けてんだけどさ。友人と話しながらメールでスカイプ中の友人の悪口言ったり、自殺した友達を悼むフリして、自殺のきっかけになった動画を見てたり、そういうこまかい悪意を見てるとネットのなかで悪口を言ってる俺たちってのをまざまざと見せられる感じがしてですね。胸が苦しくなるんですよ。

 

あの時の居心地の悪さがこの作品にもありました。

 

僕の妹はバケモノですはさ。ようはさ、いるはずもない虚構にすがりつく俺たちってのを描いてる作品なんだよ。

 

この作品の蘇った妹ちゃんはさ。序盤からわたしは妹じゃありません。本当の妹は死んでますって言ってるんだよ。そこがさ、新しいなって俺が最初にくらったパンチでさ。その上で主人公が受け入れる変わらない日常ってのがあとあとでボディーに響いてくんだよな。

 

主人公は本来妹を失っていて。蘇った妹に起こされるまではそれを受け入れていた。しかし、仮初めの妹が蘇ったことで失う前の日常を生きるという選択肢を得てしまいそれを選んでしまう。それが作品全体の恐怖の要なんですよ。

 

失えたはずのものを失わないままにする。これ、ぼくらけっこうやってますよ。まず、アニメやライトノベル。

 

ぼくらは学校時代に選べたはずの日常、得られたはずの青春に少し心を痛めてしまう時がある。アニメの主人公に学生が多いのはそんな青春を一時でも取り戻したい。そんな気持ちがあるから。

 

僕らは会社の仕事がつらいとき。こう思う。もっと環境が違えば。そういって異世界に行ってみる。

 

サブカルだけだと思うだろ。お前だって例外じゃねぇぞ。

 

東日本大震災とかさ。原発とかさ。景気の悪化とかさ。たぶん現在進行中で失ってたり、変わっちゃったりしてるものがたくさんある。だってのに、俺らってやつは変えるべきものを何も変えずに続くはずのない失われていたはずの日常を継続中だ。

 

僕の妹はバケモノですはさ。その失ったはずなのに失ってない状態続けている俺らを一発ツッコンでる話なんですよ。

 

気になる人は読んでくれよな!

 

web版

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154929290